大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和62年(ネ)750号 判決 1991年3月28日

控訴人 甲山こと 甲野太郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 白井孝一

被控訴人 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 石畔重次

小栗孝夫

小栗厚紀

橋本修三

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人らそれぞれに対し、各金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五三年三月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠《省略》

理由

一  一郎が、愛知県豊田市樹木町五丁目二番地先の路上で、乗車中の本件自動二輪車から落下転倒して負傷し、その結果死亡したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件事故が発生したのは昭和五三年三月二一日の午後九時ころであったこと及び一郎は本件事故により脳挫傷、頭蓋底骨折及び右鎖骨骨折の傷害を負い、そのため翌二二日の午前二時二〇分に死亡したことが認められる。

二  一郎と被控訴人が本件自動二輪車に乗車するまでの経緯については、原判決八枚目表一行目の「行くことになったこと」を「行くことになり、本件自動二輪車で被控訴人宅へ向かう途中に本件事故が発生したこと」に改め、同二行目の「いないが、共に」の後に「運転経験があって」を付加するほか、同七枚目表八行目の冒頭から同八枚目表四行目末尾までのとおりであるから、これを引用する。

三  本件事故現場、本件自動二輪車の転倒状況、一郎及び被控訴人の傷害部位等については、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示(同八枚目表八行目の冒頭から同一三枚目表八行目の末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

原判決八枚目裏五行目の「結果」の後に「並びに当審における鑑定の結果」を付加し、同九枚目裏八行目の「曲り」から同末行の「痕跡である」までを「曲がり、未舗装部分の南端までの約一・三メートルを進行し、電柱との距離約一・八メートルの地点で終わっている」に改め、同一〇枚目表八行目から九行目に掛けての「擦過痕がある。」の後に「しかして、薄いタイヤ痕は、濃いタイヤ痕に比べて相当に薄く、辛うじて肉眼で確かめられる程度のものであったうえ、濃いタイヤ痕の終点真下のコンクリート側壁面上にはあった脱輪の形跡と認められる擦過痕が、薄いタイヤ痕の終点真下にはなく、事故直後に現場の実況見分にあたった警察官も、濃いタイヤ痕が本件自動二輪車の轍であることには疑問を差し挟まなかったものの、薄いタイヤ痕をその轍とは断定せず、ただ、本件自動二輪車の前輪のものと認められた薄いタイヤ痕との距離だけから安易に薄いタイヤ痕をその後輪のものと推認して、その旨を実況見分調書に記載したに過ぎないものであった。」を付加し、同一〇行目の「ビニールハウスの中に転落し」を「ビニールハウスの中にタイヤを道路側に向け、前輪が幾分後輪より北側に位置する形で転落してい」に改め、同末行の「あるが、」の後に「それは、」を付加し、同行目の「三・八メートル」を「三・三メートル」に改め、同裏二行目の「前輪は」から同四行目の「斜向きで、」までを削除し、同一一枚目表三行目から四行目に掛けての「その部分には、いずれも擦過痕が認められた。」を「右バックミラーの破損箇所と後記電柱の擦過痕の箇所とは合致した。」に改め、同末行から同裏一行目に掛けての「畑の中の土とは異なる」を削除し、同裏一〇行目の「右針金」から同一二枚目表一行目の末尾までを「右針金の東側約三センチメートルの部分及びそこから上のピンまでの数箇所並びに下のピンの地点にそれぞれ白い塗料様のものの付着があったほか、下のピン付近には幅約一・五センチメートル、長さ約六センチメートルのほぼ横帯状の擦過痕があった。」に改め、同一二枚目表一〇行目の「一郎が装着していたものである。」を「一郎が装着していたものであって、右ヘルメットの擦過痕と前記針金及びピン等の付着物との位置的状況は一致した。」に改め、同裏七行目の「畑の」の前に「そして、」を付加し、同八行目の「鉄パイプには」の後に「ヘルメットの塗料と思われる」を付加し、同九行目の「が、」から同一一行目の「である」までを削除し、同一三枚目表二行目の「右血痕」から五行目の末尾までを「前記血痕の西端付近の路上(電柱の右後方約一メートルの地点)に一人の男(これが一郎であることは後に判明した。)が頭部を北に向けうつ伏せに倒れていたので、直ちに一一九番通報をして事故現場に戻ったところ、更にもう一人の男(これが被控訴人であることは右同様後に判明した。)が電柱の西側(前方)約一・七メートル当たりの路上に座っているのを認めた。」に改め、同六行目の「一郎の」から同八行目の末尾までを「本件事故によって一郎が受けた傷害は前記のとおり重篤なものであったのに対し、被控訴人は、通院実日数が僅か二日間という左大腿内側の打撲挫傷及び左肩上腕挫傷を負ったほかに、左手親指に血豆が出来ていた程度の軽いものであった。」に改める。

四  ところで、本件事故は、一郎が、被控訴人と二人で乗っていた本件自動二輪車から落下転倒して死亡したというものであり、同車に乗っていたのは右の二人だけなのであるから、運転していたのが被控訴人であったとの控訴人らの主張事実については、控訴人らに立証責任があるとはいえ、どちらが運転していたと見るのが事故当時の客観的状況等に照らしてより合理的であるか、という観点から検討すべきであり、たとい被控訴人が運転していたことに疑いを入れる余地が全くないという程の証明があったとはいえない場合であっても、被控訴人が運転していたとした場合の方が、一郎が運転していたとした場合に比べて不合理性がより少ない(客観的状況等に合致する。)と認められる場合には、控訴人らの右主張事実は立証されたものというべきである。

1  まず、本件事故直前の本件自動二輪車の走行状況について見るに、先に見た経緯に原審における鑑定の結果及び原審証人長江啓泰の証言を総合すると、本件自動二輪車は、道路の未舗装部分をおおよそ時速四五キロメートルで走行していたところ、電柱の直前に至ってその運転者が進行方向左にハンドルを切ってそれとの衝突を回避しようとしたが、避けきれなかったため、右のバックミラーを電柱に衝突させ、これとほぼ同時に、前輪が前記濃いタイヤ痕の終点から畑に脱輪し、前記のとおりの状態で落下・横転するに至ったと推認するのが相当である。前掲乙第三号証の一には現場に残されていた薄いタイヤ痕の状況からすると、本件自動二輪車は右のタイヤ痕に沿って後輪から畑に落ちた旨の記載部分があるが、右の記載に携わった警察官の右記載のいきさつに関する前記認定事実及び原審鑑定の結果並びに原審証人長江啓泰の証言に照らすと、右記載に係るような事実は誠に起こり難いことと言わざるを得ず、採用できないと言うほかはない。

2  次に、一郎と被控訴人の事故直後の状態について見るに、前記認定の経緯に徴すると、一郎は、ヘルメットを被ったまま進路右前方にあった電柱の後方(東側)に衝突したうえ、跳ね返されて前記のとおり路上に投げ出されたものと認められる。他方、被控訴人については、被控訴人は、原審及び当審において、事故直後気がついたら路上(電柱の西側(前方)約一・七メートル当たり)に座っていた、事故直前の状況については気を失ったため覚えていない旨供述するが、しかしながら、事故直後に衝突音を聞いて現場に駆けつけた前記伏見公の事故現場についての現認内容、被控訴人の傷害の部位・程度(被控訴人は路上に投げ出されたものである旨主張するが、本件二輪車の事故直前の速度が約四五キロメートルであったことからすると、傷害の程度が軽すぎるし、その部位についても不自然な点がある。)、被控訴人の履いていたと思われる靴の残されていた位置及び被控訴人の装着していたヘルメットの損傷状態と畑の中のビニールハウスの鉄パイプに付着していた白色塗料様のものとの結びつき等に鑑みると、被控訴人は本件自動二輪車の落下・横転により主張のように路上に投げ出されたと見るよりは、一旦は畑の中に落下したと見るのが遙かに合理的である。前掲乙第三号証の一(実況見分調書)には、被控訴人は同車の落下・横転と同時に路上に投げ出されたものであるとの記載があるが、右に見た各事情及びその推認の根拠の薄弱であることがその記載自体からも窺われることなどに照らし、採用し難い。

以上によれば、被控訴人は、本件自動二輪車が路上から畑に落下・横転するのに伴い、一旦は畑の中に投げ出されたが、その直後路上に這い上がったものと推認するのが相当である。

3  右に見たとおり、一郎は本件自動二輪車から進路右前方の電柱にヘルメットを装着したまま頭部を衝突させたうえ、後ろに跳ね返されて前記のとおり路上に投げ出され、他方、被控訴人は本件自動二輪車が路上から畑に落下・横転するのに伴い、一旦は畑の中に投げ出されたものであるところ、原審における鑑定の結果及び原審証人長江啓泰の証言によれば、一般に、自動二輪車においては、運転者は、ハンドルを握持しその操作によって車の進行方向や速度等をコントロールできるところから、後部同乗者より、体の安定を計ることや前方に対する注視をより適切に行うことができ、このため、進路前方直前の障害物を避けるのについても、後部同乗者より容易になしうる立場にあるのに対し、後部同乗者は、運転者に比べて体の安定を維持し難いことなどから、進行する二輪車の僅かな動きに対しても体が動揺しやすいこと、が認められる。

しかして、本件の場合、本件自動二輪車の運転者は、電柱の直前において進行方向左にハンドルを切ってそれとの衝突を回避しようとしたのであり、しかも右の回避措置は当然のことながら急激であったと想像されるのであって、このため後部同乗者の上半身は右前方に少なからず傾き、右前方にある電柱と衝突し易い状態になったであろうことは、容易に推認されるところである(当審における鑑定人庄司宗介の鑑定意見も右同様である。)。これに対し、運転者は、事故直前(電柱の直前)にハンドルを左に切っているうえ、本件自動二輪車のうち電柱に衝突した部分は僅かに右のバックミラーだけでしかないのであるから、ハンドルを握持している運転者が同車を飛び越えて電柱に衝突するということは誠に考え難いことと言わなければならず(当審における鑑定人庄司宗介の鑑定意見も右同様である。)、運転者が、畑に落下・横転した本件自動二輪車と共に畑に投げ出された可能性の方が、電柱に衝突した可能性よりも遙かに大きいものというべきである。もし、運転者が本件のように激しく電柱に衝突しているのであれば、二輪車は右のミラーに止まらず本体の相当程度の部分も衝突するはずであること及び衝突した運転者と二輪車とはほぼ同一の方向・位置に落下しているのが通常と考えられることに照らすと、右の判断の合理性は増しこそすれ、減ずることはない。したがって、本件の場合、電柱に衝突したのは後部同乗者であり、一旦畑に落下・横転したのは運転者であると見る方が、その逆の状態であったと見るのよりも遙かに合理的であると言える。

4  右の見方が合理的であることを更に根拠付けるのは次の点である。

すなわち、成立に争いがない甲第一三号証、当審における鑑定人庄司宗介の鑑定結果及び当審証人庄司宗介の証言によれば、自動二輪車による事故においては、衝突、転倒、轢過等の損傷以外に自車による損傷(自分が乗車している自動二輪車自体によって生じる損傷)が頻繁に見られること、これは、自動二輪車の急激な停止状態が生じることにより、車や乗員に遠心力や慣性力が働き、このため乗員の身体が車と接触している部分に損傷が生じることによるものであり、最も多いのが膝内側のガソリンタンク損傷及び大腿上端前内側のガソリンタンク損傷等であること、これらの損傷は運転者に生じるのが特徴的なことであって、後部同乗者に生じることはないが、これは、運転者は、座席に騎乗して車を股間に挟み込むなどの状態において慣性力によって前方にスライドする形で移動してガソリンタンク等に陰部等を打ちつけることによるためであること、が認められるところ、前記のとおり、被控訴人は右大腿内側の打撲挫傷の傷害を受けているのに対し、一郎は右の傷害を受けてはいないという点である。右の点は、被控訴人が本件自動二輪車を運転していたことを強く根拠付けるものということができる。

5  以上検討してきた結果を総合すれば、本件自動二輪車を運転していたのは、被控訴人であると見る方が、一郎であると見るのよりも遙かに合理的であることが明らかである。本件自動二輪車を運転していたのが被控訴人であるか、それとも一郎であるかについて、主として自動二輪車の運動力学等から検討を加えた原審における鑑定人長江啓泰及び主として自動二輪車事故の際乗員に生じる傷害の内容等から検討を加えた当審における鑑定人庄司宗介の各鑑定意見も、右当裁判所の判断と同旨である。したがって、控訴人の右の点に関する主張事実はこれを認めるのが相当である。

五  責任原因

先に見た本件事故の状況に徴すると、本件事故は、これを運転していた被控訴人がハンドル操作を誤った結果生じたものと推認され、被控訴人の過失によるものであることが明らかであるから、被控訴人は控訴人らに対し、民法七〇九条に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償する義務がある。

六  損害

本件事故によって一郎の受けた損害及び控訴人らの請求権については、それらに関する控訴人の主張のとおり(原判決三枚目表五行目の冒頭から同五枚目表六行目の末尾までのとおり。ただし、一郎の逸失利益は、本件事故の年である昭和五三年度の賃金センサスに基づいて算定すべきであるから、同三枚目表六行目の「三七四八万四六二五円」を「三五六八万〇八一二円」に、同九行目の「五四」を「五三」に、同末行の「三一五万六六〇〇円」を「三〇〇万四七〇〇円」に、同裏八行目から九行目に掛けての「三七四八万四六二五円」を「三五六八万〇八一二円」に、一〇行目の「3,156,600」を「3,004,700」に、同四枚目表六行目の「四五八八万四六二五円」を「四四〇八万〇八一二円」に、同裏二行目から三行目に掛けての「二二九四万二三一二円」を「二二〇四万〇四〇六円」にそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

したがって、被控訴人は、控訴人らそれぞれに対し、本件事故による損害金の一部である一一〇〇万円及び弁護士費用を除く一〇〇〇万円に対する本件事故の日である昭和五三年三月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

七  以上によれば、控訴人らの本訴請求(一部請求)はすべて正当として認容すべきであり、これを棄却した原判決は不当であって、本件各控訴は理由がある。よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝 鈴木敏之 裁判長裁判官浅香恒久は退官につき署名・押印することができない。裁判官 林輝)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例